なぜ、生き辛いの?

本日は、なぜ生き辛くなってしまうのか?

なぜ、死にたいと思うようになるのか?について考えてみたいと思います。

 

生物は生理的欲求を抱えています。

ERG理論というもので、生存欲求、社会欲求、自己欲求に分けられます。生存欲求は生き続けたい、そのためのお金がほしい。快適に過ごしたい。

人間にもともと備わっている欲求であるのに、

なぜ、うつ病になると死にたいと死を望むようになるのでしょうか?

弱肉強食の世界で必死に命を奪い、自分の命を守る生物が一変して、自分の命を捨てる、あるいは、生きていたくないと切望するのです。

 

人間以外の動物は、寄生虫に肉体を占拠されたとき、寄生虫の命令によって死へと追い込まれることもあります。

そのおかげで寄生虫は生き延び繁栄することができます。

人間は死を目の前にして怖いという感情を持つ人が大多数ではないでしょうか?

しかし、私はうつ病になった時、死より生きることの方が恐ろしく感じたのです。

それは、人間としての本能が破壊されたと言っても良いのではないでしょうか?

 

壊れてしまった原因をしっかりと見定め、修理します。そして、同じことを繰り返さないように点検を欠かさない。それがうつ病を治す第一歩ではないでしょうか?

 

私の友人は、自分の自転車の面倒を丁寧に見ていました。異常が出る前から定期的に油を差し、少しでも変わったことがあれば、その根本を探すのです。

不都合があれば、その場所を修理します。

まるで我が子のように大切にものを扱う友人をみて初めて、ハッとさせられたことを覚えています。

友人は自分のこともそんなふうにちゃんと面倒を見てるに違いないと思いました。

それにひかえて、私はどうでしょう?

自転車でいうとそんなに丁寧に気遣ってはいません。

自分の身体や、心のこと、一つ一つ粗末に扱っていたと思います。

粗末さが度を増して、乱暴に扱うようになりました。

自分には価値はないし、他人より劣っているんだ。

だからもっと頑張らなくちゃいけない。

その頑張りで精神はやがて尽きます。

もう頑張らなくていい。と安心させたくて今度は体を傷つけました。

健康になりたくない。どうでもいい。そう思って、体に悪いお菓子を過食しました。

自分から健康な食事を拒否するようになりました。

わたしはいつの間にか壊れていました。

どうして壊れているかも分からず、どこでそうなったのかさえ気づかずにここまでやってきたのです。

第一歩として、壊れた部分を少しずつ直していきます。

そこで厄介なのが、直そうとする自分や、向き合おうとする自分に攻撃してくるもう一人の自分です。その攻撃的な自分とも良い友好関係を築けるようにしていくことが必要です。